『  星の壊れる音  ― (2) ―  』

 

 

 

 

 

 

 

 

    ドン    

 

「 ・・・  ふぅ ・・・ 」

重い 重すぎる足音は  そのドアの前にやっと辿り着いた。

足音よりももっともっと重い心を引きずって その部屋の主は倒れ込むようにドアを開けた。

 

  ギ ッ ・・・

 

小さく 軋んで開いたドアの中は 冷え冷えとした闇だった。 なにも ない・・・

 ― いや  小さな小さな星、 金色の星が ジャンを迎えてくれた。

「   にぃ     」

ふわり   ―  温かいものが ジャンの脚に触れた。

「 ― う ・・・ ん ? 」

「 みゅう ・・・ ? 」

金の星がじっと彼を見上げている。

「 ・・・     ああ    お前がいたな  ・・・ 」

彼は屈みこむと 足元のふわふわの毛糸玉を抱き上げた。

「 にぃ 〜〜〜 ・・・ 」

「 ・・・ ごめんな ・・・ 毎日遅くて ・・・ メシは置いてあるだろ? 」

「 みゃ みゃ みゃあ〜〜〜ん 」

腕の中で艶やかな黒い毛皮が彼に絡みつく。

「 あ ・・・ は。 淋しかったのか ・・・ ごめんな ・・・ 」

「 みゃ〜〜〜 ん 」

「 あは ・・・ お前が待っていてくれるから 俺はどうにか生きていられるのかも・・・

 野垂れ死にせずになんとかここに帰ってこられるんだ ・・・ 」

「 みゃう〜〜  みゃう みゃう〜〜 」

「 うん?  ああ そうだ  な ・・・ ここはアイツの家なんだものな ・・・・

 いつ帰ってきてもいいように ちゃんと俺がいなくちゃ ダメだな 

「 みゃ〜〜〜 」

 ザラ ・・・  腕の中から伸びあがり、黒猫が彼の頬を舐めた。

「 あ ・・・ は ・・・ 慰めてくれるのかい ・・・ ありがと ・・・ 」

「 みゃう〜〜 」

「 ・・・ 冷えるよな ・・・ ミルク、やるよ。 ちょっとは温めて な 」

「 みゃ〜〜〜 」

ジャンは もうひとつため息を吐くと、黒猫を抱いたままのろのろとキッチンに行った。

 

 

 ― 妹は 消えてしまった。  あの日 兄の目の前で連れ去られた。

 

探して 探して 探し続けた。 始めは義憤と同情に満ちていた周囲の目も いつしか・・・

冷たく侮蔑的になり 無関心になっていった。

それでも 兄は探し続けた ― 心身ともにぼろぼろになるまで いや ぼろぼろになった

ことすら 気づいていなかった。

いつのまにか 彼の周りには誰もいなくなっていたがそんなことに気をめぐらす余裕はなかった。

歳月がすぎ人々が去りジャンは一人で生きて それでもそれでも妹は見つからなかった。

 

 ガタン。   窓辺までイスを引いてきた。

すこしだけ開けた窓から忍び込む夜気が 顔を刺す。

「 にぃ ・・・ 

抱いていた黒猫が ジャンのセーターに首を突っ込んできた。

「 あ 寒いかい?  ごめんな・・・ ほんのちょっとだけでいいんだ、空がさ・・・

 空が見たかったのさ ・・・ 」

彼は窓を閉め ガラスを拭った。

「 ・・・ きったねえなあ ・・・・  掃除なんていつやったっけか? 」

「 みにゃ〜〜〜 」

セーターにくるまって 猫はご機嫌な声をあげる。

「 ・・  ああ  お前がいてくれるから 俺はなんとか生きてるのかもなあ  

「 みにゃあ? 」

「 うん? お前も、空 見るか〜〜〜  もうちょっと拭うか ・・・ 」

彼はごそごそポケットをさぐり しわくちゃなハンカチを引っぱりだした。

「 ・・・ ま これも雑巾行きだからいっか 」

ハンカチで拭かれた窓は すこしの濁りはあるがともかく夜空を見通せるようになった。

「 ふん ・・・ 曇ってるわけでもないのにな ・・・ 」

「 にぃ 〜〜〜 」

ジャンは黒猫を抱いたまま夜空を見上げた。

「 あ〜   星も見えないか   」

「 にぃ ・・・ 」

「 え ? 」

「 にぃ 〜〜〜〜 」

猫が伸びあがり彼の胸に前足をのばす。

「 にゃ にゃ ・・・ にゃ? 」

金色の小さな星が じっと彼を見つめている。

「 ・・・え ?  ああ ・・・ ふ ・・・ ここにあったなあ〜   」

「 みゃあ おぅ 〜〜〜 ・・・・ 」

「 うん・・・ 星はちゃんとここにあるよな。  

 ファン ・・・ この星を目当てに帰ってこい! 帰ってきてくれ ・・・

 おれはずっと・・・チビとここでお前を待っているから ! 」

「 にゃあお〜〜〜〜〜う ・・・・ ! 」

黒猫も 伸びあがり夜空を見上げた。

「 ああ きっと。 この空の下・・・どこかでお前は生きているに決まっているさ!

 ファン!  お前の夢を叶えるためにも必ず 戻ってこい・・・ 」

「 にゃ あ ・・・・ん ・・・ 」

都会の空に ニュクスの声が、細い声が吸い込まれかき消されてゆくのだった。

 

 

 ― 数年後 ・・・

 

 ガッタン ・・・   ドアはいつにも増して重く感じた。

 

「 ・・・  よっいしょ ・・・ っと。

 帰ったよ ・・・   ・・・ ああ  もう ・・・ いないんだ  な ・・・ 」

ジャンはのろのろと部屋を横切ると窓辺のイスに座り込んだ。

「 ・・・ 誰も いない ・・・ チビ ・・・ チビ ・・・・ 」

カサリ。  ・・・ 空っぽの籠が彼の足に振れて揺れた。

いつもここに温かい存在が彼を待っていてくれた。

温かい存在と 穏やかな瞳が 疲れ切ったジャンを慰めてくれていた ― 昨日までは。

「 ・・・ ふ ・・・ 今 お前の弔いから帰ったっていうのにな ・・・

 ああ ・・・ もう 誰も いない  か ・・・ 」

窓を開けた。  さっと当たる夜風を冷たいともなんとも感じなかった。

「 ・・・ チビ ・・・ 随分長い間俺の側にいてくれたんだなあ ・・・ 」

ポケットを探り煙草を咥える。

 

   ふう ・・・   溜息と紫煙が夜の闇に漂って 消えた。

 

「 もうここにいる理由はない って ことか・・・

 チビ ・・・ お前の方が先に ファンに会えたのかもしれない な ・・・ 」

見上げる都会の空には ほんの少しだけ星の瞬きが見える。

 

   ―  ・・・   星の 壊れる音がした     

 

ジャン・アルヌールは 翌日、その古いアパルトマンの部屋を引き払った。

 

 

 

 

  バタン ・・・  

 

玄関のドアが開いて ― 閉まった。  

「 お帰りなさい ・・・ ? 」

誰かが、いや ジョーが帰ってきたはずなのだが声が聞こえない。

「 ・・・?  ジョー でしょう?  お帰りなさ〜〜い 」

フランソワーズは キッチンから声を上げた。

「 ・・・・・ 」

返事がない。

「 ? ジョー? お帰りなさい。 ウエノはどうだった? 」

「 ・・・ あ  た タダイマ ・・・ 」

声が小さい。  というか 呟くような声がやっと返ってきた。

「 ?  どうか したの? 」

ちょうどキッチンで野菜を洗っていたのだが 手を止め耳を澄ませてみた。

「 え!?  う ううん ・・・ なんでもない ・・・ 」

「 そう?  ねエ  ジンジャー・ビスケット、焼いてみたの。 

 ジョー お味見をしてくれない?  」

「 わ♪  あ  う うん ・・・ あ〜〜 手を洗ってくる ね 」

「 ええ  お茶を淹れておくわ。  コーヒーがいい? 

「 あ  ・・・ あのぅ〜〜  ミルク  ある? 」

「 ミルク??  ええ あるけど ・・・ あ カフェ・オ・レにするのね? 」

「 あ! そ そうじゃなくて・・・ ミルクだけ でいいんだ。 

「 ミルクだけ??  ええ いいわ。 ・・・ 珍しいわねえ ・・・ 」

「 それで その ・・・ お皿 あるかな。 」

「 ?? あるけど・・・ 」

「 じゃ お皿に入れてくれる? 

「 ??  ええ もちろん、ビスケットはお皿に乗せてあるわよ? 

「 ・・・ あ〜  う  うん ・・・ 今 ゆくから ・・・ 」

「 ・・・??? 」

どた どた どた ・・・  ジョーは玄関から直接バス・ルームに向かった。

「 へえ ・・・ 珍しわねえ ・・・ いつも最初にキッチンに来るのに ・・・

 ま いいけど。  え〜〜と・・・ ミルク  ねえ ・・・ 

フランソワーズは 大きな冷蔵庫を開けた。

 

とんでもない運命の嵐に翻弄された果てに ― やっとこの穏やかな日々に辿りついた。

生まれた時代とも 場所とも遠く離れたこの時代に この地に暮らしている。

 

    ・・・ ふふ  おかしいわね わたし ・・・

    滅茶苦茶な状況なのに  笑っているわ 

    本当のわたしは もうとっくに死んでしまったのに・・・

 

    わたし 今 微笑んで生きているのよ 

 

袖口を捲り上げた腕の白さが その細さが、なんとなく可笑しかった。

 

    ふふ ・・・ とっくにとんだおばあちゃんなのに ・・・

    どうなの この少女みたいな腕 ・・・!

 

 カタン ―  キッチンのドアが開いた。

 

「 あ ジョー。   ほら ビスケットとミルク。 オヤツで〜す♪ 

「 あ  ありがとう ・・・ 」

茶髪の少年は お腹の前に腕を回している。

「 ? どうしたの?  あ シャツのボタン、取れちゃった? 」

「 ! え  あ ち ちがうよ ! 」

「 そう? でも ・・・ 」

「 な なんでも ないよ・・・  あっ 」

 

   キュウン〜〜  ジョーのシャツの下から鳴き声が聞こえ ―  鼻黒の仔犬が顔を出した。

 

「 ・・・ ジョー ・・・ それ なに 

「 あ え  え〜〜と・・・ コレは イヌです。 ネコではありません。」

「 それはわたしも知ってます。 どうしたの?  」

「 ど どうもしません。 ぼくは元気です。 」

「 そうじゃなくて!  その ・・・ わんちゃん、どうしたの? 」

「 え〜と。 だから ね ・・・ 落ちてたんだ。 」

「 ! ・・・ つまり 拾ってきたってこと?? 」

「 う  うん   そのぅ ・・・ 落ちてたから さ 」

「 落ちてたって ・・・ 」

 

    あ ・・・?  こんな会話 いつかしたわ、わたし ・・・

 

不意にすぅ〜〜っと視野が一点に絞られてゆく。

 

 うふふ   ははは ・・・  みにゃあ〜〜〜

兄妹の笑い声に細い猫の声が聞こえる ・・・ 古いけど居心地のよい部屋が見える・・・

にゃあ〜〜〜ん  チビ ほら飯だぞ〜  ニュクスよ! お兄ちゃん!  みにゃあ〜

 

「 ・・・ こんなことが あった ・・・っけ ・・・ 」

「 へ? なに。 」

セピアの瞳と鼻黒の仔犬がいっしょに じ〜〜っと覗きこんでいる。

「 !  え ・・・ あ  な なんでも ・・・ 

「 そう?  なんかぼ〜っとしてたから・・・ 気持ち、悪い?

 あ!  も もしかして・・・ 犬アレルギー ・・・? 」

ジョーはおそるおそる抱いている仔犬の頭を指した。

「 ・・・ え ?  ううん 大丈夫。 ムカシはにゃんこ、飼ってたし ・・・  」

「 そうなんだ〜〜  よかった!

 えへ ・・・ さあ クビクロ〜〜〜 我が家の、キッチンの女神さまだよ〜〜 

 ご挨拶 しなさ〜い 

彼は満面の笑みで 仔犬を抱いて彼女の前に差し出した。

「 ・・・ きゅ ぅ〜〜〜ん ・・・ 」

「 あ あら ・・・ 」

フランソワーズは一歩引いて つくづくとその顔を見つめる。

 

     あらまあ ・・・ 随分かわった毛皮の色 ねえ・・・・

     ハナの周りと あらあ〜 首の下がずうっと黒いのね 

 

     へえ・・・ 首輪みたい ・・・

 

「 はじめまして〜〜 ・・・ えっと・・・ クロ? 」

 クビクロ !  ジョーがこそっと耳元で囁く。

「 あ そ そう? くび くろ ? 」

「 わんっ!!! 」

いきなり仔犬が一声 吠えた。

「 きゃ・・・ こらあ〜〜〜  びっくりするじゃない〜〜〜 

「 きゅう ・・ 「

「 ま いいわ。 ヨロシクね〜〜 クビクロ〜〜〜 オヤツ代わりに ・・・

 えっと・・・ 犬はビスケット、食べないか ・・・ あ! それじゃミルク!

 ジョー・・・ ジョーのミルク ・・・ 」

「 ! ! ! 」

ジョーは無言でぶんぶんアタマを縦に振っている。

「 そう? ありがと。  ほら〜〜〜 いらっしゃい、クビクロ〜〜〜 」

「 わん〜〜〜 

とん、とジョーの腕から降りると 彼は笑顔?でフランソワーズの後を付いていった。

 

「 あ っは ・・・ クビクロのヤツってば オンナノコ好きなんだから〜〜〜  」

ジョーは笑って冷蔵庫のドアを開ける二人を見ていた。

フランソワーズの足元に 仔犬がちょこん、と座りさかんに尻尾を振っている。

その尻尾に ・・・ 小さな黒い影がじゃれつく。

「 ??  ・・・ あ ・・・れ ?  そ そんなはず ないよな〜〜  」

ジョーは慌てて自分自身の目を拭った。

「 あれぇ クビクロだけ だよな?  ネズミかな? いや〜〜 ちがうなあ ・・・

 ネズミならクビクロが放っておくわけないもの。 あ  また ・・・ 」

する するり。 黒い影はフランソワーズの脚にさかんに絡んでいる。

「 こ〜ら〜 くすぐったいでしょう〜〜〜 大人しく待っていてちょうだい〜 」

冷蔵庫からミルクのパックをだしつつ 彼女は楽しそうだ。

 

   ・・・ あの影、感じているんだよ な?

   あれは ・・・ クビクロじゃない。 あれは ・・・ 仔猫 か・・・?

 

「 え〜〜と?  君のお皿はどれにしましょうか・・・ あ これがいいわ〜〜 

食器棚を覗き彼女はブルーの平皿を取りだした。

「 ねえ ジョー。 これ このコのミルク皿にしましょうよ。 

「 あ  うん。  ・・・ あ〜 それってもしかしてジェットのお気に入り・・・ 」

「 そうだっけ?  いいわよ、別の買ってくるわ。 これがいいわよね〜〜 クビクロ?」

「 わん♪ 」

  とぷ とぷ とぷ ・・・・ 彼女は青い皿にミルクを注いだ。

「 ほ〜〜ら  喜んで飲んでるわ〜〜  うふふ・・・ カワイイ♪ 

「 あ ・・・う  うん ・・・ 

ジョーが何回瞬きをし 目を拭っても ― 彼女の足元にはミルク皿に並んで顔を

突っ込んでいる仔犬と仔猫の姿が見えるのだった。

 

 

    ―  ニュクス ・・・!

 

気が付かない風な顔をしていたが フランソワーズはしっかりと感じていた。

脚にすりよるなめらかな毛皮、 時折ちろり、と舐めてくるざらついた小さい舌 ・・・

皆 よ〜く知っている感覚だ。

彼女は足元を見なかった。 追加のミルクを探すフリをして、視線を下に落とすのを避けた。

 

    見ない わ。 ・・・ 見たら ・・・ 消えてしまいそうな気がするの

    ね ・・・ ニュクス ・・・ しばらくここにいてね 

 

「 くぅ〜〜〜ん ? 」

茶色毛の仔犬がハナを鳴らす。

「 どうしたの? わんちゃん。  ね・・・ 仲良くしてくれる? 」

ニュクスと、 という気持ちをこめて仔犬の顔を覗きこむ。

「 くうん?  わん! 

仔犬は一瞬 目を見開き彼女をみつめ返し、 元気に返事をした。

 

    はい!  もちろんですとも!

 

「 まあ 元気なお返事ねえ  ありがとう! 

 ほら サービスで〜す♪  もうちょっとミルク どうぞ〜〜  」

「 うわわん〜〜♪ 」 「 みにゃあ〜〜〜 」

鼻グロわんこ と 金の目のにゃんこは仲良く並んでミルクを飲み続けるのだった。

 

「 あ ・・? 」

少し離れて眺めているジョーが 声を上げた。

「 なあに どうか した? 」

「 あ ううん ・・・ うん いいなあ〜〜って思ってさ。 

「 まあ なにが。 」

「 そのう ・・・ ウチに犬とねこ・・・じゃなくて! ど 動物がいるって さ 」

「 そうね♪  ねえ わんちゃん? 」

フランソワーズは足元で盛んに口の周りを舐めている仔犬のアタマを撫ぜた。

「 く  くびくろ! だよ   ・・・ ワンちゃん じゃなくて! 

「 あら〜〜 そうなの?   えっと・・・ くびくろ? 

「 うわんっ♪ 

「 きゃ  びっくりしたあ〜〜 

「 あ あの!  そのう〜〜 あの 猫・・・・ ううん! なんでもない  」

「 そう?  あ そうだわ、ワンちゃん・・・ じゃなくて  くびくろクンに

 毛布をだしてあげるわ。  古いけどちゃんと洗濯してあるから   」

「 わあ ありがとう! よかったな〜〜 クビクロ〜 」

「 ふふ ・・・ ジョーの家来ね 」

「 け 家来?? 」

「 そうねえ 家来というか従者かしら 」

「 違うよ〜 と も だ ち さ。 なあ クビクロ? 」

 くぅ〜〜〜ん♪  茶色の瞳同士が見つめあっている。

 

     うふふ ・・・ この < 二人 > 似てる・・・

     そうよ ジョーってなんとなく仔犬っぽいのよね

 

「 まあ ・・・ そうね トモダチよね。  仲良しさん。 

「 ウン。  おい クビクロ〜〜  お腹いっぱいになったかい?

 それじゃ この近所を案内するよ。 海が近いんだぜ〜〜 行こう! 」

わわん!  仔犬は一人前に吠えて < トモダチ > の足元に座った。

「 ちょっと散歩してくるね。  この辺りの地理も教えたいしさ。 

「 はい いってらっしゃい。  あ  晩御飯までには帰ってね〜〜 」

「 ウン! さあ 行くぞ〜〜 」

「 わん! 

千切れんばかりに尾を振って 茶色毛の仔犬は同じ色の髪の相棒とともに

飛び跳ねつつ出ていった。

 

   みゅう?     金色の瞳の子猫が ちょっと首を傾げフランソワーズに振り返る

 

   ええ いいわよ、お昼寝してらっしゃい   亜麻色の髪の少女は軽くうなずく

 

みにゃあ〜〜 黒い仔猫はのんびりテラスに出ていった。

 

 

 

 キシ…     バーが少し揺れた  

 

「     あら グレート   」

ロフトの入り口を振り返れば 名にしおう名優が、ジャージー姿でたっていた。

  マドモアゼル?   そなたの朝のレッスンに混ぜていただけんかな 。 」 

「    ・・・ もちろんどうぞ?   でも  

「 ははは  気まぐれではござらんよ  役者にはバレエクラスは必須だからな 」

「 そうね でも・・・ 」

「 ははは 正直に申すと ・・・ 仕事さ、 仕事。」

「 仕事・・・ あ  あら 舞台?  」

名優はゆっくりと入ってくると 床に座りストレッチを始めた。

「  うむ  ちょいと注目されている小劇場から 声がかかってね ・・・

 身体を整えておかにゃ ロクな声もでないさ  

「 まあ すてき!   シェイクスピア?   」

「 うむ ・・・  それも独り芝居でな  」

「  うわぁお  すごい! 」

「 メルシ〜〜   で   真剣に取り組もうってわけさ。  レッスン いいかい  」

  まあ 光栄ですわ  ミスタ ブリテン   」

優雅にレベランスをすると  フランソワ−ズ すっと背筋を伸ばし バーについた。

  では〜   セカンド ポジション!  

 

〜〜〜 ♪   MDプレイヤーが止まった。

「 は〜い・・・レスト ( 休憩 ) 」

フランソワーズは ぱん、と手を打った。

「 ・・・ ふひゃあ〜〜〜 ・・・  」

老優は 大きく息をしてとてん・・・と床にひっくり返る。

「 ! だ 大丈夫 グレート〜〜〜 」

フランソワーズは慌てて駆け寄った。

「 ふ〜〜〜 ・・・ ご安心めされ。 この通り 生きておるよ〜〜

 ・・・しっかし ・・・ 久々の本格的なレッスン ・・・ キツかった〜〜 」

グレートは大の字になったまま はふはふ・・・息を鎮めている。

「 ご ごめんなさい ・・・ あの〜〜 普通のクラスのバー やったのだけど 」

「 普通の? そりゃ マドモアゼルには 普通 かもしれんが〜〜

 いや しかし 怠けてはいかん、ということだな。 しばらくレッスンさせてくれるかい。」

「 ええ 喜んで〜〜 一人じゃやっぱりつまらないし・・・ 」

フランソワーズはほっとした顔だ。

「 ・・・ ところで  我らが茶髪少年には よき相棒ができたらしなあ  」

「 相棒? ・・・ あら もう御存知なの?  うふふ  あのハナ黒わんちゃんでしょ 

「 さよう さよう  猫まで引き連れて なあ  

「  え? 

「 あの黒猫さ   艶々毛並みで金の目でしなやかに歩く・・・ 優雅な猫だなあ。

 ボーイは 子猫も拾ってきたのかな 」

「 拾ってきた ・・・ のではないみたい よ 」

「 ほう  それではあの仔犬がノラネコの友達でも連れてきたもしれんなあ  

「 グレート ・・・ 見たの? その ・・・ 仔猫 」

「 見たというか 三人で、いやいや 一人と二匹でじゃれあっていたぞ?

  尻尾の長い見事な黒猫、 あの瞳は金の星だな。 

「   ニュクス   」

「 ほう?  夜の女神 かい 洒落た命名だな   マドモアゼルが付けたのかい。 」

「 え  あの・・・ そうじゃなくて ・・・  以前 そうずう〜〜〜っと前にね

  そんな名の猫がいたの   やっぱり黒猫で 」

「  ふうん?  ま なんにせよボーイにはいい友達だな。 同年輩というか年相応の さ。」

「 まあ ・・・ 」

クス・・・っとフランソワーズにやっと笑顔が戻った。

「 ボーイもだが マドモアゼルも ・・・ そなた達はまだとても若いんだぜ? 」

「 ホントのこと、知ってるくせに。 ・・・ 意地悪ね〜  」

いやいや・・・ グレートは大袈裟に人差し指を振って否定する。

「 でも ・・・ 本当に  ・・・  」

「 なあ マドモアゼル? そなたも 外 に出るといい。 

 気楽におしゃべりのできる女の子のトモダチをつくりたまえ。 

そして輝ける青春を 謳歌するのだよ。 」

「 輝ける青春 ? 」

「 そうさ。 実際の年齢など関係ないぞ。 全ては心持次第〜〜 」

「 え ・・ ええ ・・・・  」

「 吾輩を見給え。 生涯現役生涯青春真っ只中〜〜〜 

ぽん、と跳び起きると グレートはセンターに歩みでて ア・ラ・セゴンド・ターンを始めた!

「 〜〜〜〜  !  うわわわ・・・・・ わあ〜 

  どって〜〜〜ん!!  軸脚がズレて彼はみごとに尻もちをついた。

「 い いててて ・・・ 」

「 ! 大丈夫 〜〜〜〜 ??? 脚は 腰は ??? 」

「 い いや ・・・ なんとも  ない ・・・ あは しかし日々の精進を怠っては

 生涯現役 ・・・ は望めんなあ〜〜 」

尻をさすりさすり 老優は泰然自若としてからからと笑った。

「 気をつけてくださいね〜〜 大切な舞台が待っているのでしょ 」

「 へいへい ご意見ごもっとも。 」

「 じゃ  センター、やります? 」

「 おう、お手柔らかにたのむよ。 」

「 はい。 それじゃ ・・・ まず アダージオから ・・・ 」

二人は ロフトの真ん中にでるとレッスンを再開した。

 

 

  カタン ―  大きく窓を開けた。 

 

「 ふう ・・・ いい夜風 ね ・・・ 」

ふわ〜〜ん ― お気に入りのレースのカーテンがゆるく膨らんだ。

フランソワーズは自室の窓辺によりかかり 遠く視線を飛ばしてみた。

足元からずっと続く海原の果ては漁火なのだろうか、明るく輝ている。

「 ・・・ キレイねえ ・・・ こんなに穏やかな海もあるのよねえ ・・・

 ああ もう忘れなさい、あんな日々 ・・・  

< 普通の生活 > に馴染めば馴染むほど ふと ― あの地獄の日々を思い出してしまう。

「 ― 忘れるの。  そしてこれからのことだけ、考えるのよ フランソワーズ 」

 

    外に 出るといい。

 

不意に老名優の言葉が蘇る。

「 外  ねえ ・・・ こんなおばあちゃんがどうやって外をあるくの?

どんな顔して 外を歩けばいいの ・・・ 

ふう ・・・ 溜息と共に視線も自然に落ちてきた。

彼女の部屋の窓からは テラスが真下に望める。

「 あら ・・・ クビクロ ・・・ 」

広いテラスには仔犬と もうひとつ。 仔猫の影が見えた。

仔犬と仔猫がじゃれ合うように固まって眠っている。

 

     ねえ ―  本当にニュクスなの?

 

黒い影は なにも応えてはくれない。

「 ふう ・・・ 今夜は 星がきれいねえ ・・・

    

                  ああ 星の瞬く音が聞こえるわ    

 

 

穏やかで優しい日々が過ぎてゆく ― 

それは チカラを蓄えておけ、との天の計らいだったのかもしれない。

 

 

Last updated : 06,16,2015.                 back      /     index     /     next

 

 

 

*************   途中ですが

こりゃもう完全に 平ゼロの世界ですにゃあ ・・・・

平ゼロの ジョー君とクビクロ〜〜 大好き♪

・・・ でもって もう一回続きます〜〜〜